滑走路のわきの草もいつの間にか枯れ
飛行場には 秋の空気が漂っていた
4月に訓練を始めてはや半年
1年生たちは 初単独飛行に向けて
訓練を重ねていた
初単独飛行
それは長いパイロット人生の中でも
記憶に残る一瞬だろう
「あんな操縦で単独飛行に出れると思っているのか!
もっとまともな操縦はできないのか!
反省しろ!」
教官の怒号は いつに無く厳しいものだった
滑走路わきの機材車の後ろへ
そこで一人 今のフライトを反芻した
すると 教官が歩いてくる
さっきまでの怒った顔ではなく 笑顔をたたえている…
「命令。初単独飛行。
おまえ 今から一人で飛んでこい。」
「!」
恐怖など あろうはずも無い
死の恐怖など
半年間の訓練で とっくに慣れっこになって忘れ去っていた
いつも通り操縦すれば
生きて帰ってこれるかもしれないという
かすかな確信もあった
機体は滑り出す…離陸…もう後戻りはできない
操縦桿を引けば 機体は上昇する
高度を上げていく
この高度を越えると 滑走路に戻って緊急着陸もできない
それでもなお 機体は上昇を続ける
その時
大空が語りかけた
Wir, toten Flieger
我ら ここに眠れる飛行士たちは
Blieben Sieger durch uns allein
いずれも たった一人で 大空の覇者となった
Volk, flieg du wieder
若者よ おまえも大空に飛びたて
Und du wirst Sieger
そして大空に君臨せよ
Durch dich allein
汝 自らの力で
第一次世界大戦後のドイツ ヴァッサークーペの丘
そこから一機の飛行機が 静かに飛びたった
敗戦により 飛行の自由を奪われたドイツ
もう一度 自由に空を飛びたい
若者たちの想いは ついに実を結んだ
知っていた 自分たちが利用されていることを
わかっていた
得体の知れない大きな力が 自分たちを…
それでも 飛びたかった
空を飛びたい
誰もが思うことだろう
そしてすぐに思うだろう そんなことは夢物語だと
現実にその夢を追求してしまった者達のたどった航跡は
あまりにも悲惨だった
冒険飛行士の時代が終わり
パイロットに存在意義など無い
大衆の好奇の目にさらされ 命知らずの曲技飛行
結局は兵器としての存在意義しか無い我が身を駆って
戦場に散った幾多の飛行士たち
だが…
水平飛行に移ると 機体が軽いことに気がついた
1人しか乗っていない飛行機は軽い
操縦桿が軽い
訓練生の命を守るために
教官が必死で押さえていたあの重さが 今は無い
世界は美しい…
これが いつも見慣れた風景なのだろうか
それともここは 地獄なのだろうか
Nur wer die Sehnsucht kennt
憧れを経験した人だけが
Weiss was ich leide
どんなに私が苦悩しているか わかる
着陸して 滑走路に降りたつ
生きて再び大地を歩いている…
同期達が 先輩達が 教官達が駆け寄って祝福してくれる
おめでとう おまえは今 鳥になった
おまえは翼を持った人間となった
人は誰もが 翼を持った人間となれる
君が飛ぶ場所は 大空だけとは限らない
人は誰でも 自分の場所で飛びたつ
君も飛んでみないか
君の翼は 離陸の時を待ちわびている