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◇命は、いつ果てるか予測が出 来ない。だから、今日をどう生 きるかをいつも問うことだ。突 然、意識がなくなってしまうか らだ。しかし、刹那主義になっ てはダメだ。今しかないのでは ない。今が、次から次へと自分 の前に現れるのだ。だから、永 遠に続くものとして自己成長を 続けるつもりで、いつも学ぶこ とだ。我以外皆師として。 ◇私たちの人生は、誰にも分ら ない。人生は、それが過ぎてい く時しか、わからない。だから、 自分自身で人生をどうしたいか を考え、その考えに出来るだけ 近づけるように、生きて行くし かない。突然、何かがおこる、 それが、人生だ。その突然を、 私たちが、受け止められるよう に生きるしかない。 ◇それが、死を覚悟しながら、 今を必死に生きるということな のだ。それこそが、死ぬまで成 長し続けること、変化し続ける ことなのだ。

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- ヘミングウェイ   ◇私たちは、大きな可能性をも って生まれてくる。人間として、 どういう資質があるか、どう育 つかは、生まれた時は、全くわ からない。つまり、生まれた時 は、未知数の存在として、選択 肢=可能性が最大なのだ。しか し、徐々に、大きくなってくる と、どんどん選択肢=可能性が 減り出す。自分と他人、自分と 社会が、関係をもって、自分に 色々な刺激を与え、その刺激に よって、自分の中の可能性が色 々と顕在化してくる。 ◇だから、自分との関係性とい う変数が、人間の人生を決める。 自分には、左右されえない要素 である社会が、他人が、自分の 前に立ち塞がる。その障壁に私 たちは、挑むことになる。そう しなければ、自分自身の可能性 を自分が望むように顕在化出来 ないからだ。 ◇つまり、私たちは、いつも目 の前の現実と戦い続けることに なるのだ。戦いの土俵から逃げ てはいけない。降りてはいけな い。挑み続けることだ。そうし なければ、自分に与えられた可 能性を開花させられないからだ。 生まれた時の可能性の大きさが、 違う意味で深く大きくなってい く時、人間が成長したことにな るのだ。

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- シェイクスピア   ◇準備が重要なことは、大人で あればだれでも知っている。しか し、その準備をしっかりする人間 は、すくない。それは、明確な目 的を誰ももっていないか、知らな いからだ。何のためにやるのか? この問いが出てこないのだ。 ◇だから、必ず、目的を意識し て生きることだ。何のために、 誰のために、何をやるのか。 やろうとしているのか。ここを 忘れてしまうと、準備が完全に は整わない。何かが欠けてしま うからだ。 ◇そして、準備は、それをやる ためだけのものではない。どん な事態になろうとも、準備をし ておくものなのだ。そのために、 人間力=対応力=決断力を鍛え ておくことだ。どんなチャンス であろうと、そのチャンスをつ かむために。チャンスとは、事 態が動くことだ。そう思って、 心の準備を怠らないことだ。

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人生は自分の思い通りになんか ならないと思っている人は、自 らが思い通りにならないことを 望んでいる人です。   ◇人生は、思い通りにはいかな い。しかし、思い通りにはいか ないが、思ったことをやらない 手はない。思いは、実現しよう としなければ、何もないのと同 じだからだ。思いを実現するた めに、生きているのだ。だから、 思い通りにはいなくても、思っ たことは挑戦することだ。思い が叶う時もあるのだから。 ◇で、ここからが考えどころだ。 思いを実現するためには、何が 必要なのか。まず、思いの強さ、 真剣さは本当にあるのかどうな のか。ここが、弱ければ、当然、 思い通りにはいかないわけだ。 しかし、強い思いなら、その次 は、実現するための準備をどの くらいするかだ。準備に対する 強さ、真剣さがあるのかどうな のか。ここが弱ければ、当然、 思い通りにはいかない。結局、 思いはこの二つをかけ合わせた 強さで、実現するかどうかが ほぼ決定する。ほぼというの は、最後は運を呼び込めるか どうか。 ◇思い通りにはいかない人生だ から、思い通りに生きてみたい のだ。そのために、自分自身の 意志が、どうなのか、ここを問 うことだ。

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まずは、ある結果が出た時の親子の会話例です。 子:「頑張ったのに、駄目だった」 親:「違うわ、頑張らなかったから駄目だったのよ!」 子:「でも、私、頑張ったよ!」 親:「あなたが、いくら頑張っても、他人はそれ以上に頑張っているのだから、       あなたは頑張ったとは言えないわ」 さあ、この子どもは本当に頑張ったのでしょうか。 それとも、親の言う通り、頑張っていないのでしょうか。 親としては、なんとか親の望む結果を出して欲しいものですが、 あまり結果だけに拘り過ぎると思わぬリスクが生じる場合があります。 そのリスクとは ・自分自身の達成感に満足してはいけない ・常に、親(他人)を満足させなければならない という自律とは、ほど遠い信念を持ってしまうことです。 そこで、以前、私が生徒に指導していた時のある生徒Aとの会話を ご紹介します。 私:「テストどうだった?」 A:「(遠慮がちに)ちょっと良かった!」 私:「ほんと?(80点位とれたのかもしれないと思いながら・・・)何点だった?」 A:「49点」 私:「50点満点?」 A:「いいえ100点満点です。でもね、先生!前回30点だったのに、    19点もあがったんですよ」 私:「(慌てて・・・)そうだね。頑張ったね」 A:「そうですよ。頑張りました」 私:「(気を取り直して・・・)それは良かった。次は、何点位とるの?」 A:「55点とれたらいいですね」 私:「今回、がんばって19点も上げたのに、次は6点アップじゃあ少なくないかな」 A:「確かにそうですね。でも、私、勉強得意じゃないから・・・」 私:「得意じゃないのに、30点を49点になったのは、まぐれだったのかな」 A:「まぐれじゃありません。私、頑張りました」 私:「そうだろ。得意でも、不得意でも、今回のように頑張れば、    55点なんて目じゃないんじゃない」 A:「確かに・・・」 私:「単純に考えても68点は取れそうじゃない。    キリが悪いから70点目指して勉強してみたら・・・」 A:「わかりました。70点目指します」 私からすると、最初のテストの結果は、とても満足のいくものではなかったのですが、 生徒にとっては、自分の努力の成果に満足していたのです。 次のテストでは、58点でした。 「先生、約束を守れず、ごめんなさい」と謝られました。 確かに、目標点数には届きませんでしたが、本当に前回以上のがんばりでした。 最初に、私が私の基準で評価をしていたら、 次の機会にこんなにやる気で頑張れただろうかと不安になりました。 この後は、生徒に結果を訊ねる時は、 「君はどう感じているの?」と生徒の気持ちを聞くようにしています。 親の理想は理想として、まずは子どもの気持ちを確かめてみるとよいでしょう。 「がんばった」、「がんばらない」の言い争いや思い違いからは、 子どものやる気の活力は生まれてこないからです。 まずは、子ども自身の結果に対する見方に共感するところから始めてみませんか。

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“ああ僕は自分をあの醜いアヒル だと思っていたころは、こんな 幸福があるなんて夢にも思わな かった。” – アンデルセン 自己イメージが、自分の人生 を決定する要因になる。自分が 自分を小さく見てしまったら、 小さいまま終わってしまう。逆 に、自分を大きすぎてみてしま えば、社会から、見捨てられて、 色々と人生上の邪魔が入ってし まう。 だから、自己イメージの成長 がどうしても必要だ。なりたい 自分を目指すために、自己イメ ージをポジティブにすることだ。 過去の自分を現在から見てみた ら、案外良く見えるものだ。案 外やるじゃないか!と思うはず だ。その力で自己イメージの拡 大をしていくことだ。 自分はどうなりたいのか。な りたい自分になるための自己イ メージを持つことだ。意識的な 振る舞いが出来るようになる。 そうなれば、どんどんなりたい 自分に近づいていく。

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以前、とある中学校区の保護者や地域の方々の集まる会の講師として、 子育てについてお話しさせていただきました。 講演では、生徒(子ども)と親(先生)の見ている世界は違うということをお伝えしました。 「ルビンの壺」と言われる絵をご存知の方も多いと思います。 絵の中心を見ると壺に見えて、両脇を見ると二つの顔が向き合っているように見えるのです。 この二つの絵を同時に見ることはできず、 壺として見ているときには、顔は認識できず、 顔として見ているときは、壺を認識できません。 人によって、どちらかの絵が極端によく見えるのです。 親と子、生徒と先生が、同じ「ルビンの壺」を見ていても、 子ども(生徒)が壺を認識していて、保護者(先生)が顔を認識しているとしたら、 同じ絵を見ているようで、違うものを見ているわけですから会話は成り立たないのです。 このギャップを埋めるには、「相手の関心に関心を向ける」以外に方法はありません。 「相手の関心に関心を向ける」ということは、このメルマガでも何度となくお伝えしてきた共感という姿勢です。 自分の認識や意識を一旦棚上げして、相手の見方で事象を見ることが共感なのです。 子どもが部屋でゲームをしている姿を見て、 親:「お母さんが何度も勉強しなさい!と言っているのに、何であなたは勉強しないの!」 子:「わかってるよ!」 というやり取りは、親の見やすい視点でとらえているのです。 これを、共感の視点で捉えると、 親:「今、勉強していないようね。あなたのことだから、今勉強しなきゃいけないことは十分わかっていると思うわ。    今、勉強していないのは、何か困っていること、問題があるのかしら・・・?」 子:「やらなきゃいけないのは、わかっているけれど、難しくてやる気にならないんだ」 親:「やっぱり、やらなきゃいけないことは意識していたのね。    確かに、難しい問題だとやる気にならないわよね。もし、よければ、お母さんが少し教えようか」 子:「本当!助かる!でも、お母さんにわかるかな~、結構難しいよ」 親:「そうなの、それじゃあ、一緒に考えましょうか」 子:「うん!」 親(先生)の視点で、ネガティブな感情むき出しに怒ることは簡単ですが、 子どものやる気を伸ばしたいのなら、まず共感の姿勢で臨みましょう。 どうしても叱る必要があるのなら、その後でも遅くはないでしょう。 是非、子どもの視点に立ち、子どものやる気を引き出しましょう!

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大昔の話ですが、私が中学生だった時、 成績は10段階でつけられていました(最近は、5段階評価が一般的ですが)。 私の数少ない自慢話の1つに、中学1年生の1学期の成績が、 同学年の学年末には3段階あがったことがあります。 当時、担任の先生に「よくがんばった」と大変褒められたことを覚えています。 頑張れば、10段階評価で3段階くらいは上がるものだと信じるようになりました。 5段階評価にすると、1.5段階、よく言えば2段階アップにあたるでしょうか。 そして、指導者になった時、教え子の中学生の中に、 一年足らずで5段階評価で3段階あげた生徒に出会いました。 5が取れたとしてもスタートは2だったということです。 4であればスタートは1だったということです。 私自身の伝説が崩れた大変うれしい出来事で、今でも決して忘れられません。 なぜ、ここまで極端に上がったのか。 指導者であった私にもはっきりとはわかりません。 私の教科的な指導法が特別に優れていたとは全く思っていません。 ただ、昔読んだ本(魔法のコーチング)の内容を思い出しました。 その本では、アメリカにいる第一子(長男・長女・一人っ子)は、 35%ほどなのにもかかわらず、多くの職業の優秀な人材を調べてみると、 その40%から、職種によっては80%を第一子が占めているという情報を受け分析しています。 もちろん、生物学的に第一子が優秀だというのではなく、 多くの親が他の子どもに比べて、第一子に特別扱いをしている可能性を訴えているのです。 そのアプローチとは、「期待」「責任」「フィードバック」です。 第一子に対して、親はこの3つのアプローチをしがちだというのです。 「期待」とは、その言葉の通り期待をかけるということです。 今はできていなくても「貴方なら必ずできる」と信じて、 常にメッセージをかけ続けることです。 目標をイメージさせると捉えてもいいでしょう。 「責任」とは、役割を与えると言ってもいいかもしれません。 「お兄ちゃんだから、お姉ちゃんだから、妹や弟の面倒を見るのよ」とか、 「妹や弟の手本になってね」ということがありますよね。 これが、役割を与える、責任を与えるということです。 「フィードバック」とは、承認することです。 「あなたのやっていることはOKよ」とか、 「こうやってみたらどう?」というアドバイスも含まれるでしょう。 つまり、第一子に向けたアプローチが、 第一子のパフォーマンスを高めている可能性が高いというのです。 これは、パフォーマンスを挙げたいどんな子どもに対するアプローチの大きなヒントになります。 前述の教え子に何をしてきたかと思い出してみると、 最初の内は、確かにスラスラ問題を解くことはできませんでした。 しかし、説明を聞く姿勢も、その後の態度も大変素直でした。 必ずこの子は、80点取れると確信しましたし、本人にも 「こんな風に勉強していれば、必ず驚くように成績が伸びるし、 得意になるかもしれない」と言い続けましたし、 「それが実現すれば、数学が苦手な子どもの気持ちが分かるようになるし、 そんな君が数学の先生になったら生徒が幸せだ」とも伝えました。 目標をイメージさせたわけです。つまり「期待」をしました。 そして、授業だけでなく、家庭学習として宿題も課しましたし、 学習計画も立てさせ、計画的に学習するように伝えました。 つまり、「責任」を与えたのです。 承認活動は、適切な行動ではもちろん、不適切な行動があった時にも、 はっきり伝えました。もちろん、前述のような生徒でしたから、 褒めることが多かったし、即座に、その都度伝え続けました。 これが「フィードバック」です。 先ほどの本の内容の枠組みで振り返ると、 まさしくその通りにしていたなと今振り返れば思うのです。 もちろん、私のアプローチに応えてくれた教え子自身の努力による成果ではあります。 今のお子さんに対して、親としてもの足りない部分も少なからずあるでしょう。 しかし、「子どもは変われるものなんだ」と、改めて確信する日々にしていただき、 今回のアプローチの例を参考にしていただけたら幸いです。

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例えば、夕食後、ご主人から 「今日の夕飯、すごく手が込んでるね。お前も腕をあげたな~」 と言われるのと、 「今日の夕飯も、すごく美味しかった!美味しくて食べ過ぎてお腹が苦しい!」 と言われるのでは、どちらがよりうれしいでしょうか? よく味わっていただくと、多くの方が後者を挙げるのではないでしょうか。 前者は、褒め言葉です。うれしくない訳ではありませんが、 世界一の料理人から褒められたのならともかく、家族からの褒め言葉では、 「あなた何様?」と、私なら心の奥でつぶやきそうです。 一方、後者では褒められた感じではありません。 ただ、事実として「美味しかった」と伝えています。 さらに、美味しかった証拠に「苦しくなるほどに食べてしまった!」と伝えています。 これほどまでに、美味しかったとご主人や家族に満足してもらえたら、ルンルン気分になりそうです。 よく、子どもを褒めて育てなさいと言われますが、実は、 褒められれば嫌な気持ちにはなりませんが、 自分のしたことが相手に喜んでもらえたというメッセージほどのうれしさや、やる気には敵いません。 お子さんが、何かに喜んでいたら、喜びの意味がよくわからなくても、 「あなたが喜んでいるからお母さんもうれしいわ」と、一緒に喜んじゃいましょう。 勉強や部活動、その他で、何かお子さんが達成したことがあれば、 ただ一緒に喜んでしまいましょう。仮に、お子さんがそれほど喜んでいない様子でも、 保護者が勝手に喜んでしまいましょう。 お子さんはクールな振りをしているだけかもしれませんし、 仮にそれほどの喜びを感じていなかったとしても、 お母さんやお父さんが喜んでいる姿に、 自分が成したことの重要性に気づくことにもなるでしょう。 それが、お子さんの自信となります。 決して、「よくやった!」、「エライわ!」なんて、褒めないことです。 ただただ、親しい友人の成功を共に喜ぶように・・・。 仮に全体を喜べなかったとしたら、部分的に喜びましょう。 親:「今日の野球の試合に勝てて良かったわね」 子:「うん。でも、全然ヒット打てなかったし・・・」 親:「ヒットが打てなくてがっかりしているんだ・・・」 子:「それはそうだよ。みんなヒット打ったのに・・・」 親:「そうね。みんないいヒット打ってたもんね。    でもね、あなたの送りバントが成功して、まわりまわって得点になったじゃない。    お母さんうれしかった。あのバントが成功してなかったら、得点に結びつかなかったもんね。    ヒットは打てなかったけど、あなたはあなたの仕事をきちんとしたことがうれしくて仕方ないわ。    次はヒットでもチームに貢献できるように練習してね」 子:「うん!」

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先日、中学1年生お子さんをお持ちの、あるお父様から相談を受けました。 「中学1年生なのに、英語の成績が芳しくなく、 これでは、英語嫌いになってしまうのではないかと心配している」とのことでした。 このお父様は、心配するだけでなく、ご自分で時間を見つけては、 簡単な文法や単語を教えているそうです。 しかし、その場では、何とか理解しているようなのですが、 翌朝になったら忘れているとのことでした。 お子さんも同伴されていたので、お子さんに聞きました。 「英語の勉強をどう感じているの?」 「できるようになりたいのですが、なかなかやる気になりません」 との回答でした。 大変、ハキハキと応えてくれる様子から、 能力的な問題ではないことが推測できました。 以下、彼との会話です。 私:「外国の人を普段見かけませんか?」 子:「よく見ます」 私:「その人たちが、日本に来てわからないことを質問するとします。    その時、君がきちんと英語で説明できたら、その人は、どう思いますか?」 子:「感謝してくれると思います」 私:「感謝されたら、君はどんな気持ちになりますか?」 子:「嬉しいです」 私:「嬉しいよね。外国の人も、君も嬉しくなれるために、英語を学ぶんだよ。    外国の人に、いきなり、君がわかるように『日本語で話せ!』というのは酷だよね。    困った時に助けてくれる日本人に接した時に、日本はいいな。    と感じて、日本語を覚えようとするかもしれないけれどね。    だから、まず、君が英語を理解して手助けをしてほしいんだ。」 子:「はい」 私:「それじゃ、ちょっと、簡単な文を使って、英語と日本語の違いを確認してみよう!」 この後、英語が、主語と動詞で組み立てられていること、その理由。 主語によって動詞が変化する英語の特徴。 時制によって動詞が変化すること。その理由。を、30分ほど説明しました。 私:「今、君ができるようになったのは、英語と日本語の違いを理解できたからなんだよ。    英語の特徴がわかれば、君も英語ができるようになるんだ。    英語の特徴を理解することが、英語を勉強するということなんだ。    これができたら、外国の人に喜んでもらえるし、格好いいと思わないかい?」 子:「思います」 私:「だからこそ、単語や英語の癖を覚える必要があるんだよ」 そばで、聞いていたお父さんが、 「なるほど。こんなアプローチがあるんですね。 私が教えている時と全く表情や態度が違っていました」 とおっしゃって、驚いていらっしゃいました。 英語を出来るようにするために、単語や文法を覚えることは大事なことですが、 なぜ英語を勉強しなければならないのかという意味が子どもなりに理解されていなければ、 なかなかやる気になれないものです。 「なんで、勉強しなければならないの?」と子どもに聞かれたら、 皆さんは何と応えますか?どんなアプローチをしますか? 私は、30数年前、とある学校の卒業式でPTA会長が卒業生に送った、 「知恵ある者は、知恵を出せ!知恵なき者は、汗を出せ! 知恵も汗も出せないものは、この場を立ち去れ!」 という有名な訓話を思い出します。 私たちは、人の役に立つために、社会に存在していて、 知恵が出せたり、汗を出せるようになるために、今、勉強する必要があるのです。 それが、できなければ、去る。つまり、社会的に価値がないわけですから・・・ 是非、子どもにスッと受け入れられる「意味(目的)」を伝えてみて下さい。 必ず、やる気も、成果も変わってきます。

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