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先生が黒板に何かを書き 生徒がそれを写す。   これが今の教育現場で行われている一般的な授業の形だと思うが この板書を写す作業には、果たしてどのくらい意味があるのだろうか?   1 板書の意味   まず板書の意味だが、これは問題を分かりやすく伝えるための 補助的なものだと私は思っている。   特に算数だと顕著だが、図形問題は 言葉だけで伝えることはできない。 そういった時に必要になってくるのが板書だ。   しかし、これをノートにまとめる必要はない。 なぜなら、理解するための単なる補助的なアイテムなので 理解できればそれでもう十分だからである。   家に帰ってから復習したいという意見もあるだろうが、それに対しては 板書ノートを事前にコピーして渡せば良いと思う。 板書ノートとは、どんな板書にするかを事前に まとめたものである。 こうすれば、授業中は先生の話を聞いて理解することに 脳のメモリーを全て使えるし、写す時間を設ける必要もないので たくさんの問題に触れることができる。 もし解き方を忘れてしまったら、コピーした板書ノートを見ればいい。   2 板書を書くことに意味がある派   板書を写すことそのもの、つまり自分の手で書くことに 意味があるという意見もあるだろう。   本当にそう思うのであれば、私はそれを宿題にすれば良いと思う。 板書ノートのコピーを生徒に渡して、家でそれを写すというのを宿題にすれば それで十分意味のある時間になるだろう。   先生が目の前にいて、授業料が発生している授業時間を使ってまで 板書を写すことに時間を費やすのは、もったいない印象を私は受ける。     3 まとめ   成績を上げるためには、ひたすら問題演習を繰り返すことが重要だと 私は感じる。   先生の話を聞いて理解した気になっても いざ自分で問題を解く瞬間になったら、意外にも解けなかった ということは、誰しも経験があるだろう。   私は最近将棋を始めた。 戦術本も買って本格的に勉強しているが いくら知識を貯めても、実践でその場面に遭遇した時に 瞬時にその知識をひっぱり出すことができない   大きい本棚の中で、今読みたい本を 咄嗟に取り出せないイメージだ。   なので、何度も経験して 知識の整理をすることが大切なのだろう。 これは、実践を繰り返していかないと身につかない。   勉強も同じで、板書を写して知識を溜め込んでも(溜まってすらないと思っていますが)演習を繰り返していかないとその知識を引っ張り出すことができない。 なので、板書を写す暇があったら、一問でも多くの問題に触れることが 成績を上げるためには必要なのではないだろうか?

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『ワンランク上の学校に入ると、入った後苦労するよ。』   こんな言葉をよく耳にするが、果たしてこれは本当なのでしょうか? 個人的には入試を突破している時点でワンランク上ということはないと思うのだが、今回はこちらについて調べてみる。   1 入試の成績とその後の成績の相関     こちらについては、中学受験専門塾スタジオキャンパス代表の矢野耕平さんの記事にデータがあったので、そちらを拝借する。 https://president.jp/articles/-/63793?page=2   こちらを見ると、入試で圧倒的な成績を収めた生徒以外は、ほとんど相関がないことが分かる。記事を読むと中1の夏休みを過ぎたあたりから、相関がなくなってくるのだそう。   実は私も、高校入学して初めて担任の先生と面談をしたときに   『お前は入試の成績がクラスで1番だったぞ。期待しているから、これからも頑張れ。』   と声をかけてもらったが、最初の中間テストは確か240人中220位という酷い結果だったのをよく覚えている。   2 公立・私立別の不登校要因     しかし、私立中学入学後、勉強についていけずに病んでしまい、その後不登校になったというような記事をよく見かける。   『2月の勝者』という中学受験漫画があるのだが、その中でもこのような生徒がいた気がする。そして、そんな記事が上がる度に、いつも中学受験の是非を問うてくる。   以前どこかの情報番組で、『子供の入学後の責任は?』というような議題があったが、果たして本当に私立中学に行くと病みやすくなるのだろうか。   https://www.mext.go.jp/content/20221021-mxt_jidou02-100002753_1.pdf   総務省のページに公立と私立ごとの不登校率、そしてその原因についてのデータがあったのでそちらを参考にする。 まずは小中学校の不登校の割合を見ていく。   https://www.mext.go.jp/content/20221021-mxt_jidou02-100002753_1.pdf ・公立  2.6% ・私立  1.9%   このような結果となった。 次に不登校の要因を見ていく。   https://www.mext.go.jp/content/20221021-mxt_jidou02-100002753_1.pdf   この中で公立と私立で開きが大きいものに注目すると   1 無気力・不安  →公立 50.0%  →私立 39.6%  差 −10.4%   2 入学後の不適応 →公立 3.1%  →私立 8.9%  差 +5.8%   3 生活の乱れ →公立 11.9%  →私立 7.2%  差 −4.7% 4 学業の不振 →公立 5.1%  →私立 9.1%  差 +4.0%   こられが理由として上位を占めている。   私立の不登校の原因として、学業の不振と入学後の不適応が挙げられる。 しかし先ほど挙げたデータを参考にすると、入学時の成績と入学後の成績には相関がないので、これは入学してないとなんとも言えない。   入学後の不適応についても同様である。   ただ個人的には、無気力での不登校の割合がぐっと減っているのが とても良いことのように思える。 学歴は生きていく上で必須ではないが、無気力と言われると生きていく上で色々と苦労するだろうなという印象を受けるからである。   3 まとめ よく『中学受験のその後の闇』みたいな記事を見かけるが 今回のデータを見ると、あまり悲観することはなさそうである。   いかにもメディアが好きそうな話題なので よくピックアップされているだけなのだろう。   また、入試の成績とその後の成績もほとんど関係がないため 入学後の心配をする暇があったら、1問でも多くの問題を解いて上の学校にチャレンジするべきだと思う。

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もっと集中して取り組みなさい。』   と生徒に言おうとしたことは数えきれないですが 口に出すことは多くないです。   なぜなら、集中力とは体力や持久力と似たようなもので 頑張って続くものではない気がするからです。   例えば、普段から筋トレをしていない人に100kgのバーベルを上げるのは無理だし、普段から走り込んでいない人にフルマラソンを4時間以内に走り切るのは難しいのと同じで、集中力がない人に『集中しなさい!』と言っても、土台無茶な要求のように私は感じます。   ではどうすれば勉強に集中できるようになるのか? 私なりの持論も含めて、紹介していきたいと思います。   1 机をきれいにする     まずは机の上をきれいにしましょう。 理想は鉛筆、消しゴム、ノート、問題集のみを机の上に出し それ以外は全て目の入らない位置におきましょう。     2 スマホは半径5m以内には置かない     スマホは遠くに投げ捨てましょう。 机の上、ポケットの中は論外ですし、手の届く鞄の中もダメです。 遠くまで投げ捨てて机に向かいましょう。   3 図書館に行く   図書館でなくても、周りに勉強している人がたくさんいる環境に 身を置きましょう。 サボりたくてもサボりづらい空気のある環境に行きましょう。   集中力を高めるための方法は調べると無限に出てきますが 結局人それぞれなので、最適解があるわけではありません。   その中でも、上の3つはほぼ全員に効果が出る取り組みだと思います。 また、3つとも何の努力もなく実践出来るのもいいとこです。   集中できない人は、試してみてください。 他にも良い案があったら、コメントください。  

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私が子供の頃と比べ、不登校の子がここ最近増えた印象がある。 https://toyokeizai.net/articles/-/466970   これはデータを見ても明らかであり 少子化のこの時代に、不登校の数は増え続けている。   さて、私はこのオンライン塾を立ち上げた時から 不登校の生徒に対する授業ができないかとずっと思っていた。 その取り組みについて、今回は書いていこうと思う。     1 不登校生の原因     まず不登校になる原因だが こちらについては文部科学省がデータを採っているので それを参考にしてみる。   https://www.mext.go.jp/content/20211006-mxt_jidou02-000018318-2.pdf     1位 体の不調      32.6% 2位 勉強が分からない  27.6% 3位 先生のこと     27.5%   このような理由が挙げられている。 次に、学校に行っていない間どのような不安感を感じているのか こちらも文部科学省にデータが載っているので参考にしていく。   https://www.mext.go.jp/content/20211006-mxt_jidou02-000018318-2.pdf   1位 勉強の遅れに対する不安        74.2% 2位 進路・進学についての不安     69.2% 2位 ほっとした・楽な気持ちがあった   69.2%   このような心情が多くを占めている。 ほっとしたなどの安心感と同じ割合で、進路についての不安感を感じているようだ。また、勉強の遅れに対する不安はそれ以上に感じている割合が多い。   学校に行かなくなった安心感がある一方 心の隅では勉学に対する不安も存在しているようだ。   2 不登校生にオンライン授業を     だが、勉学における不安であれば 解決策はいくつかあるように思える。   その一つがオンライン授業である。   もちろんデメリットは存在するが、学校に行かなくても オンライン授業で勉強の遅れを取り戻すことは十分可能である。   実際過去に見ていた生徒で 学校には登校しないが、塾には通っている生徒は何人もいたし 何なら、普通に通学している生徒より良い成績の場合もあった。   また、映像授業という手もあるかもしれないが 個人的にはお勧めできない。   映像授業で成績を伸ばせるのは、自分の中に勉強する明確な目標があり 自分で生活を律することの出来る人間でないと 使いこなすのは難しいように思える。   小中学生でこれが出来る子は、そうはいないであろう。     3 不登校生の進路先   https://sabusuta.jp/column/truancy_future/   こちらのグラフは、不登校だった子供達の進路先の割合である これを見ると、8割以上の生徒が一旦は高校に進学していることがわかる。   これらのデータから 『学校に行っていないことで勉学への不安を感じている子どもはたくさんいて その行き着く先は、『進学はしたいけど出来るのだろうか?』 という漠然とした不安があるということが予想される。』   そうした子たちに、オンライン塾という選択があることを 知って欲しいと私は思う。   4 まとめ   ここからは少し壮大な話になるが 学校に行っていない子に対して、午前中やお昼に授業ができるのは 塾にとっても大きなメリットがある。   塾は授業をすることでしか利益を出せないので 通常の授業が始まる前に授業が出来るのは、大きな収益源となる。   そうすることで、授業料を抑えることができたり より良いサービスを提供できたりと、保護者にも還元できるので これは、顧客にとってもメリットのある動きである。   少子化が進み、先行きが不透明が塾業界だが これからは、そういった動きになっていくのではないだろうか?  

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以前、大学と生涯賃金について調べたことがあった。   https://note.com/natsuno_kaze/n/n530f3dd3ba05   その時の結論としては   『偏差値40代の大学だとしても、生涯賃金という観点で見たら  学費を差し引いても十分に行く意味はある。』   という結論となった。 しかし、この時の疑問点として 大卒者の平均年収は、偏差値50の大学出身者の平均年収ではなく 偏差値40の大学出身者の平均年収と一致するというものがあった。   大卒者の平均年収なので、普通は偏差値50の大学の平均年収と一致しそうなものだが、実際はそうではなかったのである。   そこで今回は、この件についてもう少し詳しく調べてみることにした。   1 偏差値ごとの大学分布     まず最初に考えたのが 偏差値30代の大学が無数にあり、それらの平均年収が低いため 全体としての平均年収の立ち位置も下がっているという考えである。   そこで、大学の偏差値ごとの分布図を調べてみた。     http://tmaita77.blogspot.com/2015/05/blog-post_4.html   予想通り、上位の大学ほど少なく 下位に行くほど増えていく、ピラミッド型の分布となっていた。   この影響で、大卒平均年収に相当する偏差値も 下に引っ張られたのだろう。     2 偏差値30代の大学の平均年収はいくらなのか?     生涯賃金が上がるから、とりあえず大学はいっておいた方が良いとよく聞くが この考えは少し雑だと思う。   大学はピンからキリまであるのに それを一緒くたにしてしまっているからだ。   大学は投資の側面もあり 投資した額のリターンが見込めないのであれば、一度立ち止まって進学を考える必要がある。 もし損益分岐点のような偏差値帯があるのであれば、この仕事を続けていく上でぜひ知っておきたい。   だが、偏差値30代の大学は どこを探してもそういったデータがないのが現状である。     3 偏差値と幸福度     次に、大学の偏差値と幸福度の関係という 少し違った角度から見てみたいと思う。   http://www.abef.jp/archive/event/2016/pdf_abst/B2_PR0027.pdf   それについては、こちらの論文で すでに研究されていた。   結論を書くと、大学の偏差値と幸福度は関係がないが 国立大学と私立大学とでは、国立大学出身のほうが 幸福度が高いという結果であった。   しかし、サンプル数が少ないので あくまでも参考程度に留めておく必要はあるだろう。     4 まとめ   大学にいく意味は人それぞれなので 一概に括ることは到底できない。   しかし、こうした現状を知った上で進学をするのと ただなんとなく進学するのでは、その後の目的意識も 変わってくるだろう。

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1 成績を上げるために授業を取らせない     成績を上げるために授業を取り過ぎないというのは、とても大切だ。 理由は、授業を詰め込みすぎると、自分で勉強する時間がなくなるからである。   言うまでもないが、授業を聞いて分かった気になっただけでは 自分で問題を解くことはできない。 分かると出来るは全然違うからだ。   では、いつ分かるから出来るに変わるのか。 それはやはり、自学の最中である。 その時間を確保するために、授業を詰め込みすぎては良くない。   なので、成績をあげるために 講師の言われるがままに受講しないことは大切である。     2 生徒の層を4つに分けてみる     もう少し深掘りするために 生徒を4つのパターンに分類してみようと思う。   やる気があるかないか。 学力が高いか低いか。   この2軸で深掘って行く   ちなみに、ここでいうやる気は 『授業をしっかり聞く』とか『宿題をしてくる』とか その程度のことである。   1 やる気もないし学力も低い   この層はそもそも授業を受ける意味がない。     2 やる気もあって学力も高い   この層に関しては、授業の取りすぎは逆効果になる印象がある。 自分で自学をしっかりするので、最低限の授業数とやるべき課題をしっかりと提示すればあとは勝手に伸びていく。     3 やる気はないが学力が高い   この層はレアキャラなので飛ばす。   4 やる気はあるが学力は低い   さて、一番のボリュームゾーンがここだと思うし ここの層をどう上げるかが、力の見せ所になってくる。   私の肌感だが ここの層は『勉強のやり方が上手くない』のと『解説を読んで自分で理解する』という、この2点が下手な印象がある。   まず、勉強のやり方については、こちらがやるべき課題をしっかり提示することと、勉強のやりかたを伝えることで解消できる部分があると思う。   次に自分で解説を理解するだが、これを解消するのは難しい。 なぜなら、自分で読んで理解するためには、まずは基礎的な読解力を身につける必要があるからだ。   だがしかし、読解力を身につけるというのは簡単な話ではない。   『AI vs 教科書が読めない子供たち』という本の中に このような記述がある。   ・中学校を卒業する段階で、約3割が表層的な読解もできない。 ・学力中位の高校でも、半数以上が内容理解を要する読解はできない。 ・読解能力と進学できる高校の偏差値との相関は極めて高い。 ・読解能力は高校では向上していない。 AI vs 教科書が読めない子供たち   こちらを踏まえると、学力の低い層が自分で解説を読んで理解するというのは、なかなか難しい作業のように思える。   そこで初めて、授業の必要性が出てくるように私は感じる。 同じ問題の解説でも、文を読んで理解するのと、人から直接教えてもらって理解するのでは、難易度が全然違ってくるからだ。   また直接やりとりをすることで、気軽に質問することもできる。   なので、この層に関しては授業を取る意味が大いに出てくるように感じる。 偏差値で言うと、だいたい44〜56くらいの層でしょうか?   もちろん授業と自学のバランスはあるが、授業は万人に効果的なものではないので、自分にとってどのくらいの授業が必要なのか、何の教科で必要なのか。   そういったことを、しっかりと考えていく必要があると思う。   ・追記 授業を取りすぎないことは重要だと書きましたが、中学受験については別枠だと思っています。 いつかブログに書きますが、中学受験はしっかりと通塾している塾のカリキュラムに従って進めてください。そちらの方が良いと思います。  

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私の好きな言葉に   『授人以魚 不如授人以漁』   という言葉があります。   これは中国の思想家である老師が語った言葉であり   「飢えている人がいるときに、魚を与えるか、魚の釣り方を教えるか。」という話で、「人に魚を与えれば一日で食べてしまうが、釣り方を教えれば一生食べていける」   という考え方です。   これを塾講師の立場に置き換えると 『単に問題の解き方を教えるのではなく、自ら学ぶ方法を教えよ』   このように言い換えられそうです。   これはとても大切な教えのように思いますが 実際に実践している先生を私は見たことがないですし 私もなかなか実行できません。 その理由は大きく分けて2つあるように思います。   1つ目は、自分自身正しい勉強法が分からないから。   もちろん、自分の中でベストだと思う勉強法はいくつかありますが それが他の生徒に当てはまるか分かりません。 その状態で勉強法を断言するのはなかなか勇気が必要です。   2つ目は、時間が限られているから。 魚を釣る方法くらいなら、何回間違えようが構いませんが こと受験においては、ゴールまでの時間が決まっています。 そうなってくると話は別で、悠長に学び方を教えている暇があったら こっちが指定した宿題を死ぬ気でこなして欲しいものです。   なので、学び方に時間を割くのは なかなか難しい現状があるような気がします。     1 勉強の仕方を伝える   以前、とある学習塾の方のツイートで   『新1年生には勉強の仕方をじっくりと伝える。  自由に勉強はさせない。  ガチガチに型にはめさせる。』   というツイートを見たことがあり 私はとても感銘を受けたことがあります。   それまで勉強の方法にあまり着眼を置いてこなかったが 新1年生には特に、こういった指導が必要だと気づかされたきっかけになりました。     2 まとめ   以前のブログでも書いたが 勉強の仕方が分からなくて悩んでいる生徒はけっこう多い。   特に新中学1年生は初めてのテストに 戸惑うことも多いだろう。   そんな時、少し立ち止まって勉強の進め方を伝える授業を 1時間くらいとることも必要なのかもしれない。   全ての学年で実施できるかは分からないが 勉強のエンジンを積むような授業も、折々に入れていきたいと思う。  

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良い授業とはなんだろうか?   授業は芸術や創作と同じで 絶対の正解があるわけではないし そもそも、人によって正解の形も異なってくる。   その中で私が思う良い授業とは やはり、『成績が上がる授業』かなあと思う。 では、どうすれば成績があがる授業が出来るのであろうか?     1 成績が上がる授業をするためには?     よく保護者や生徒におすすめの問題集を聞かれることがあるが 私は用途とレベルがあっていれば、だいたいどれでも良いと思っている。   用途とは、例えば図形問題を集中してやりたいなら 図形に特化した問題集とかである。   レベルというのは、その問題集の難易度である。   特にレベルはとても重要で 簡単すぎても難しすぎても意味がなくなってしまう。 なので、テキストを選ぶ際には レベルを一番重要視するのがよいであろう。   これは授業でも同じである。   授業の内容が難しすぎても簡単すぎてもよくないし 筋トレのように、ちょうどよい負荷をかけるのが重要である。 そう考えた時、例えば30人ほどのクラスで 生徒によって習熟度のばらつきが大きいクラスでは 最初から『良い授業』をすることは不可能のように思える。   これはもう、話の伝え方とか板書の仕方とか 小手先のテクニックではどうしようもない。   なので、良い授業をしようと思ったら 可能な限り、生徒のレベルを同じに揃える必要がある。 これは言い換えると、生徒の数を減らす必要があると言える。   私の感覚的には、1クラス6人が限界のように感じるが いかがだろうか?     2 まとめ   もちろん他にも大切なことはあるが クラスの習熟度と人数は かなり重要な要素のように思える。   これで7割型決まると言っても過言ではない。   塾選びの際には、少人数かどうかを材料の一つとして判断するのも ありなのではないだろうか。  

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私が子供の頃と比べ 最近は夏休みの宿題が多いように感じる。   私がゆとり世代というのもあるが 子供の時に読書感想文や自由研究などを 取り組んで記憶が全くない。   しかし、最近の小学生は 感想文や自由研究を宿題として課されている子が多い。   そこで今回は、夏休みの宿題について 色々と調べてみることにした。   1 夏休みの宿題     https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000094.000026954.html 夏休みの宿題として多く上がるのが   1   問題集 2   自由研究 3   読書感想文 4   日記 5   家の手伝い   この5項目が50%を上回っている。 家の手伝いが宿題とは、なかなか面白い。   https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000094.000026954.html しかし、読書感想文、自由研究は 保護者の中では5割弱の方が必要だとは思っていないようだ。   正直私も必要ないと思っているので 上記の2つの宿題について、もう少し深掘りをしていこうと思う。     2 読書感想文は意味があるのか?   『読書感想文 意味 データ』   などと色々調べてみたが、当然そんなデータは存在していなかった。 なので、文部科学省のページを参考に、読書感想文に意味を見出していこうと思おう。   まず、学習指導要領には 読書感想文を進めるような文章は見当たらなかった。(あったらすみません)   なので代わりに、読書の重要性という部分を参考にしようと思う。   1 読書活動についての基本的な認識 (1)読書の重要性 読書は,人類が獲得した文化である。読書により我々は,楽しく,知識が付き,ものを考えることができる。また,あらゆる分野が用意され,簡単に享受でき,しかもそれほど費用が掛からないという特色を有する。読書習慣を身に付けることは,国語力を向上させるばかりでなく,一生の財産として生きる力ともなり,楽しみの基ともなるものである。 読書の習慣を幼いころから身に付けることが大切であるが,ここでいう読書とは,文学作品を読むことに限らず,自然科学・社会科学関係の本や新聞・雑誌を読んだり,何かを調べるために関係する本を読んだりすることなども含めたものである。 国語力との関係でも,既に述べたように,読書は,国語力を構成している「考える力」「感じる力」「想像する力」「表す力」「国語の知識等」のいずれにもかかわり,これらの力を育てる上で中核となるものである。特に,すべての活動の基盤ともなる「教養・価値観・感性等」を生涯を通じて身に付けていくために極めて重要なものである。 昨今「読書離れ」が叫ばれて久しいが,これからの時代を考えるとき,読書の重要性が増すことはあっても減ることはない。情報化社会の進展は,自分でものを考えずに断片的な情報を受け取るだけの受け身の姿勢を人々にもたらしやすい。自分でものを考える必要があるからこそ,読書が一層必要になるのであり,「自ら本に手を伸ばす子供を育てる」ことが切実に求められているのである。文化庁の「国語に関する世論調査」によれば,読書の重要性や意義については,国民の間でも十分認識されていると考えられる。 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/toushin/04020301/008.htm#top   要約すると、読書は費用がそこまでかからずに、あらゆる知識を身につけることができる。また、読書を通して国語力の向上が見込まれる。昨今では『読書離れ』が叫ばれているが、自分で物事を考える必要があるこの時代だからこそ、読書がより一層必要ではないだろうか。   このようなことが書かれていた。   まさにその通りだとは思うが、一点だけ 読書を通して国語力の向上を見込むのは間違いだと思う。   以前のブログでも書いたが、読書量と国語の点数は 全く読まない子と少なからず読む子では差が見られるが それ以上になると、相関が薄いからである。     また、以前『AI vs 教科書が読めない子供たち』という本を読んだが この中でも、読書量と読解力には相関が見られないと書いてあった。     したがって、読書を通して国語力を培うというのは賛成できない。   ここまでの結論として、やはり読書感想文は必要ないのではないだろうか? 理由は、学習指導要領に特に記載がないことと、国語力の育成に効果が薄いからである。   また、もし本当に読書感想文が大切なのであれば、授業の中で行うべきだと思う。 宿題は、基本的には一度行った問題の反復練習になるので、書き方もわからないまま宿題として出しては、戸惑う子もいるのでなないだろうか。   3 自由研究は意味があるのか?   自由研究について調べてみると 昔は教科の中に『自由研究』という科目があったようだ。 たったの4年で教科としてはなくなったようだが その時の学習指導要領を参考にしていこうと思う。   自由研究は、児童の自発的活動を促すために、児童が各自の興味と能力に応じて強化の活動ではじゅうぶんに行なうことのできない自主的な活動を教師の指導のもとに行なうための時間として設けられた。 https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317741.htm こちらが自由研究の目的である。 学校の中だけでは学べないことを学び、児童の自発的活動を促すために設けられたようだ。   確かにもっともなように聞こえるが、私の意見としては 『やりたい人だけやる』で良いような気がする。   上記の自由研究の目的を見ると『児童の自発的活動を促す』と記載があるが、やりたくない子供に無理やりやらせて自発的活動が促されるとは私は思えない。   もちろん、こういう課題が好きな子はやってみたら良いと思うので、結論としてはやりたかったらやれば良いである。   4 まとめ   個人的には、夏休みの課題は 漢字や計算など、本当に基本的な問題をたくさんこなしてほしいと思う。   この仕事をしているとよく感じるが 分数の計算ができない中学生が本当にたくさんいる。   難しい問題には一切取り組まなくても良いので 忘れない程度に漢字と計算の練習をすれば十分ではないだろうかと思う。  

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私が学生の頃は、いつも近所の図書館で勉強していた。 家では集中できないし、そもそも自分の部屋というものがなかったので 自然と図書館に足が向かうようになった。   休憩しようと思ったら図書館に置いてある漫画も読めるし、私にとっては最高の勉強場所だったのだが、今時の子はどこで勉強しているのだろうか?   今回は、勉強する場所について調べてみた。   1 みんなどこで勉強しているのか?     https://juken-mikata.net/topics/study-style.html ・実施期間:2019年9月25日〜2019年12月23日 ・回答者数:314人 ・対象者:現役中学生・高校生、浪人生   こちらのデータを参考にすると、自分の部屋が約半分を占めているようだ。 ついで塾の自習室、自宅のリビングと続く。 私が愛してやまない図書館はたったの7%。かなりマイノリティーのようだ。     https://juken-mikata.net/topics/study-style.html   ちなみに上記の場所を選ぶ理由としては、静かな方が集中できる、参考書や文房具をすぐに取りに行ける、息抜きがしやすいなどがあげられる。   2 大人になって思う、おすすめの勉強場所     この仕事を続けているゆえ、私は今でもよく勉強をする。 塾講師になりたての頃は、近所のモスバーガーでひたすら慶應の過去問を解いていた。   他にもファミレスやスターバックスなど、色んな場所で勉強した経験を踏まえ、おすすめの勉強場所をランキング形式に記載していこうと思う。     第3位  ファミリーレストラン   ファミレスの良いところは広い机とドリンクバーがあるとこである。 マックやスタバの机は意外と小さく、好きなようにものが置けないことが多いが、ファミレスの場合は我が家のように荷物を広げることができる。 また、ドリンクバーが付いているの嬉しい。 デメリットとしては、あまり長時間いると店員さんに申し訳ない気持ちになり 『あの人、ドリンクバーで4時間も粘ってるよ。。。。。』と噂されているのではないかと疑心暗鬼になるのがデメリットである。     第2位  マック   マックの良いところは、なんといっても安いところ。 コーヒーが100円なのが大変ありがたい。 また、マックの奥の席では店員さんの死角になっているので 長時間いてもそこまで申し訳なさを感じないのも地味に良い。   ただデメリットとしては、騒がしいとこと場所によっては机が小さいとこである。 私は騒がしくても集中できるからよいが、気になる人からしたら勉強には向かないであろう。       第1位 モスバーガー   モスバーガーはマックとファミレスの良い部分を合わせたような場所であり 長時間いてもそこまで居心地が悪くなく、ドリンクの値段も安く、広い机もある。 また、マックと比べると騒がしくないので、勉強にも集中できる。   特に夜の時間帯は人も少ないので、貸切のような状態になり最高である。   以上のことから、私はモスバーガーを推していきたい。   3 番外編   第4位  居酒屋   何度か居酒屋で過去問を解いたことがある。 個室だといいが、立ち飲みだとなかなか辛いものがあった。 あと単純に、アルコールが入っていると頭が回らなくなるから、こちらはあまりお勧めできない。   第8位  スターバックス   一度だけスタバで過去問を解いていたことがあったが、スタバはあまりおすすめできない。   理由は、ドリンクの値段が高すぎるのと、机がやたら小さいことである。 おしゃれな空間で自己肯定感は高めることができるかもしれないが、機能性としてはいまひとつである。   皆さんはどこで勉強しますか?

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