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今回は、大学入学共通テストの英語について思うことをだらだらと。 以下、ご確認ください。センター試験と大学入学共通テストの大問構成の比較です。 【センター試験】 Ⅰ.発音・アクセント Ⅱ.文法・語法 / 文整序 / 空欄補充など Ⅲ.不要文選択、会話空欄補充など Ⅳ.長文(資料や図、データの読み取り) Ⅴ.長文(物語など) Ⅵ.長文(評論文など) 【大学入学共通テスト】 Ⅰ.長文(資料や図、データの読み取り) Ⅱ.長文(資料や図、データの読み取り) Ⅲ.長文(資料や図、データの読み取り) Ⅳ.長文(資料や図、データの読み取り) Ⅴ.長文(資料や図、データの読み取り) Ⅵ.長文(資料や図、データの読み取り) で、なんで、こんな偏った出題にしたか。 それは、「英検とかTOEICとかの成績を大学に提供することで、それらをふまえて英語の能力を総合的に判定するので、 こと共通テストにおいては情報処理能力を計り、そのたの試験でほかの能力を計ろう」という意図があったみたいですね。 そして! その「英検とかTOEICとかの成績を大学に提供する」のは、「やっぱやーめた」なんですよ。 理由? 「めんどいから」 以上。 うん。まあいいんですよ。「やっぱやーめた」自体は。 だって、それらの試験を受けるのにも金はかかるわけですし。 でね? じゃあ、なにが問題か。 このブログの読者の皆様は聡明でしょうから、お気づきでしょう。 そうです。「やっぱやーめた」のにも関わらず、 「出題の構成は変えません!」とのことで、実際に変わらなかったんですよ。 すげえでしょ?www THE☆理不尽 理由? 「めんどいから」 以上。 そうして、「発音・アクセント」の出題はキレイさっぱりなくなりましたとさ。ちゃんちゃん。 仮にも人の学力を計ろうとする側が、論理の筋すら通さないのですね。 きっと国語や数学の苦手な人たちが多いのでしょう。かわいそうに。 こいつらこそ、もっかい中学校から出直してくればいいのに。 あ、間違えた。母の腹から出直してくればいいのに。 さて、「発音・アクセント」の出題を消滅させるという、忌まわしき暴挙! 極大消滅呪文メドローア! あのね? 英語って「言語」ですよね? ま! ず! 「音」なんですよ。スーパーウルトラデラックスハイパー当たり前の話です。 「聞く→しゃべる」よりも先に「本や鉛筆を持つ」赤ちゃんに出会ったことのある人は いますぐ名乗り出なさいwww そんなやつおらへんやろ チッチキチー 出題されないからといって,発音やアクセントはわからなくてよいのでしょうか? そんなわけないやんwwww 「音」で聴いて,「音」で伝えて、理解するということ。 根本的に大切な「音」をおろそかにして,言語の学習は成立しないのです!  カウカウが踊り出すくらいに当たり前です。 今時の電子辞書や英語学習アプリは英単語の音声再生機能がたいがい、ついていますよね。 電子辞書やアプリなんてけしからんとかほざいている紙の辞書教に入信している方々は、 どうぞそのままその硬い枕と眠っておいてくださいm(__)m 塾生諸君もスマホに”ことまな”をインストールしてますよね? 実際に音が聞けるわけですから,もっと音をしっかりと覚えましょう。 で、それでおわりじゃないよ! それを「真似して発音する」をしてください。 脳の仕組みの問題です。「自分が発音できない音は聞き取れない」 そして発音できるようになったら、次は、”発音しながら書く” ただ黙って何百回も書くよりも、たった3回程度、発音しながら書く(とさらに同時に頭の中では使い方を思い浮かべる) さすれば、英単語の暗記ごとき、さほど苦手意識をもつものじゃなくなるよ。 「音」と「意味」と「文字」を同時に覚える練習方法なのだから。 英語が苦手だというのは、要するに、この三つが繋がってないのですよ。 これらが三位一体になったとき、人は、それを、「言語習得」と呼ぶのです。 小学生のころの漢字ドリルも、声に出しながら意味を思い浮かべながら書き取りに励んだ子たちは、やっぱり漢字テストで好成績でしょう。 それなのに、「ただ黙って何百回も書く」の類の宿題を出す、学校のアホ丸出しの英語教員は今すぐ退場なさい。迷惑きわまりないwww じ・か・ん・の・む・だ! さて、聡明な学齢期の生徒諸君、および、その保護者様がた、 言語は「音」から! そのスーパー当たり前の真実に気づかない、いや、気づいているのに気づかないフリして、 それに逆行する言動をとるおバカさんたちに振り回されないように。 正しくお勉強しましょう。

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結局のところ勉強って、社会も理科も数学も 要するに、全科目を貫いて 「聞かれたことに答える」 たったこれだけのことをずっと練習をしているだけなんですよ。 塾生にもよく言うのですけど、 「今日何曜日?」と聞かれて「24日です」と答える人と一緒に仕事したいと思うかね?、と。 そんな子がそのまま大人になったとしたら、 テレビに出るぐらいしかやれる仕事のこってないですよね。 少なくとも私はあんな見世物小屋の中には入りたくないです。 入りたいなら別にいいですよ、勉強しなくても。あれだって立派な仕事です。 私は差別しているわけではなくて、私はイヤです、と言っただけ。 ただ、もちろん選択肢は多いに越したことはないので、 見世物小屋に入ってもいいのと、見世物小屋にしか入れないのは 次元が違いますよね? 職業選択の自由なりなんなり、~の自由は 公共の福祉に反しない限り認められますから、一定の能力のない人が 普通の仕事をするのは公共の福祉に反しますので、普通の仕事をしたい人は勉強しましょう。 その”一定の能力”といま私が呼んだのが 「聞かれたことに答える」ではないでしょうか? たったひとつ、これを、科目を変え分野を変え、いろんな方面から身に着けていく。 まさしくそれこそが、義務教育なのではないかと私は思っています。 たとえば理科の問題でこんなのがよく出る。 問題「反射はどのようなことに役立っているのか,例をあげて説明しなさい。」 たいていの入塾してまだ浅い生徒の解答はこうなる。 「熱いやかんに手をふれて,思わず手をひっこめる。」 これで解答したと本気で思っているのだ。 なんやったら、ときには、大人でさえ、え? これ正解じゃないのとまで言いのける始末である。 これが塾通いをすると、きちんと解答できるようになります。 使命感と熱意のある講師が指導するから。 つまり、裏を返せば、学校だけに任せていたら、そうならない、ってことです。 たいてい、使命感と熱意のある講師がそこにいないから。 私はモーニング娘世代なので、 日本の未来は世界が羨むと少年時代によく聞いていたが、あれから20年ほどがたち、 これが”あの頃の未来”の日本の現実である。 今からさらに20年後のこの国が、少しでもマシになるように、 日本の未来そのものを創っていく、それが教育者たるものの責務です。 残業代よこせとか裁判所に泣きついているようなヒマはございません。 却下されとるしw 使命感と熱意のない者は現場から去れ! 明るい未来を手に入れるためには、 君らがそこにいてはいけないのだよ。よそいけ。

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ちらほら生徒たちから,「今までのどの先生よりも一番わかりやすい!」と言ってもらえているようである。 それもとくに国語の授業のことらしい。 まず、国語はとくに、学校と塾では授業のクオリティが違いすぎる。 学校の授業はあらかじめ生徒が持っている教科書の文章を題材にしている。 定期考査もその文章が出てくる。つまり、学校の授業は、何度も読んだことのある文章を使って授業をし、 その授業をした先生がテスト問題を作るため、ようは、学校の先生のやりたい放題の自由wwwな解釈が横行しているのである。 論理的に正しいかどうかよりも学校の先生の話を、「素直に」聞いていたかどうかが試されるのだ。 ほら、学校の先生って、好きでしょ。「素直な子」が…  たとえ、それが論理的には疑わしい解釈であっても、学校の先生の言うことはすべて正しいのだw 一方,塾では入試を意識しているので,初見問題でいかに答を探すかを指導する。全くアプローチが違っている。 そして,入試問題の答を説明する方が明快なのだ。 テストである以上、当然なのだが、答は「ひとつに決まる」ように問題が作られているからである。 (ただし、学校のそれはその限りではない。不思議なことに。) あと、問題集や模試などの解説文は生徒に寄り添っていないことが多い。 納得できる根拠がきちんと書かれていない,はたまた解説文そのものが難解で読解できないw場合が多い。 わたしの授業は,そういう意味では納得感があるので「わかりやすい」と感じるのだろう。 ところが,答の探し方を聞いて「納得」しても,それが自分で探す力にならないといけない。 納得した時点では,実はその文章は既読文であって,自分で探さないといけないのは 「初見の文章」を「時間内」に「自分ひとり」で という三重のハードルがあるのだ。 初見文を題材にした問題を時間内に解くための答の見つけ方をこの間も中3生に講義した。 シンプルな話だが,設問で扱われているキーワードを探すというやり方。 問題文を全部読んで,そこから答を探すのは時間がかかる。 設問の度に全部読んだりしていたら、dede~n アウト! そこで,設問を解く根拠にできる「単語」を問題文全体から探して, その付近から答を探すと圧倒的に速く見つけられる。 本当は,問題文全体でなくとも傍線部の前後だけで済むことが多い。 そういうのは練習しているうちにできるようになる。 国語って,勉強の仕方がわからないとよく聞くが,実はちゃんと訓練すれば一番点数が伸びる科目なのだ。 ただし,そういう訓練の前提になるのが,やはりなんやかやいうても語彙力! こればっかりは「実力」がそのまま反映されてしまう。 設問を解く根拠にできる「単語」自体そのものを語彙力がなければ見当をつけられない。 なにかにつけて、すぐ「ヤバイ! ヤバイ!」を連呼しているばかりの、そこのアナタ! ちょっと一週間、「ヤバイ」禁止を自分に課してみ? あと、今の子、知ってるかな? 「マジカルバナナ」(^^♪ 保護者の方に「何が言いたいの?」と言われまくっているそこのアナタ! いますぐ「マジカルバナナ」をググって、家族と遊びましょう!! (保護者の方々、懐かしみながら、付き合ってあげてくださいm(__)m)

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突然ですが、以下、読んでみてください。 「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら教育審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんと いうことです。つまり、できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすこと に振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばい いんです。  トップになる人間が幸福とは限りませんよ。私が子供の頃、隣の隣に中央官庁の局長が住んでいた。その母親は魚の行商をしていた人で、よくグチをこぼしてい たのを覚えています。息子を大学なんかやるもんじゃない。お陰で生活が離れてしまった。行商も辞めさせられて、全然楽しくない、魚屋をやらせておけばよ かったと。裏を返せば自慢話なのかもしれないが、つまりそういう、家業に誇りを与える教育が必要だということだ。大工の熊さんも八っつぁんも、貧しいけれ ど腕には自信を持って生きてきたわけでしょう。 今まで、中以上の生徒を放置しすぎた。中以下なら“どうせ俺なんか”で済むところが、なまじ中以上は考える分だけキレてしまう。昨今の十七歳問題は、そういうことも原因なんです。  平均学力が高いのは、遅れてる国が近代国家に追いつけ追い越せと国民の尻を叩いた結果ですよ。国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけれ ど、すごいリーダーも出てくる。日本もそういう先進国型になっていかなければなりません。それが“ゆとり教育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい 時代だから、回りくどく言っただけの話だ」 (前教育課程審議会会長 三浦朱門) さて、今読んでいただいたのは… ゆとり教育は失敗だったのか、と世間をにぎわせているころの当時の最高責任者であった人物の答申です。これを読めば、ある意味、それは成功していたと理解できます。氏の狙い通り、学力の二極化は顕著になり、平均は大きく下がるけど、立派な若者も出てきていました。まさに計画通り。実は、真の意図でいえば、ゆとり教育=エリート教育は大成功していたのですね。とはいえ、世論がそれを許さなかった。多角的な視点で人物を評価できるように、新しい学力観の模索は止まることは絶対にありません。 では、次にこれを読んでみてください。 戦後の文科省の学力観の変遷 今日の学校教育に強く影響している学力観は大きく3つある。  まず、1970年代の詰め込み主義が落ちこぼれ・少年非行・校内暴力などの教育問題・社会問題を招いたことへの反省から生まれたのが「新しい学力観」(1987年)である。関心・意欲・態度の強調と自ら学ぶ意欲と社会変化に主体的に対応できる能力の強調が特徴である。 この「新しい学力観」をさらに展開したものが「生きる力」(1996年)である。心の教育や身体の教育にまで踏み込んだのが特徴である。  これらの学力観は文科省が教育課程審議会や中央教育審議会で提案してきたものであり、まとめて「ゆとり路線」と呼ばれることもある。しかし、文科省の「ゆとり路線」は、大きな障害に出合う。子どもの自主性の過度な尊重による教育指導の後退、および学力低下への懸念である。  文科省はマスコミをあげての教師批判と学力低下批判の高まりのなかで、「ゆとり路線」を守るために「確かな学力」の学力観を提案した。この「確かな学力」は『学びのすすめ』(2002年)の中で提案され、今、日本の学校教育を方向づけているのはまさにこの学力観である。その特徴は、学力低下批判論者が唱える学問中心主義や勤勉主義を一定程度まで取り込みつつ、「ゆとり路線」の中核にある経験主義や児童中心主義を守ろうとしていることである。いわば新旧両立的ないしは新旧融合的な学力観である 『学びのすすめ』が提案する「確かな学力」は、上述のように、学力低下批判への対応と、子どもへの過度の自主性の尊重(≒教師の受け身的、放任主義的傾向)の修正の試みであるとみることができる。「ゆとり路線」を守り通そうとした文科省の苦肉の策とみることができる。そしてそのような背景から『学びのすすめ』は、なによりもまずきめ細かな指導(=教師の積極的な指導)を求めている。さらに、旧来の指導の原理である〈勤勉主義+教科書(学問)中心主義〉と、古くて新しい指導原理である〈経験主義+児童中心主義〉 の両立をはかろうとしていることにその特徴を見い出すことができる。  文科省ウェブサイトから、「確かな学力」を育てるための具体的な提案をみると、新旧両原理の両立を目指すという特徴が、「きめ細かな指導」「基礎・基本」「学ぶ習慣」「自ら学び自ら考える力」などといった言葉の混在で表現されている。 (ベネッセ教育総合研究所) ベネッセさんが寄稿した文書でした。さて、 要するに、知識を「覚える」だけではなく「使える」ようになりましょう、という話です。 それを1980年代後半からずーっと同じことを言い方を変えながら繰り返しているだけです。 文科省は基本的には、ゆとり教育=エリート教育が正しいと思っているのでしょう。しかし、やはり学力不安も取り除かなければなりません。だから、覚えることも大事ですよー、と取り繕うように言い続けているわけです。 漫画ですけど、「ドラゴン桜」では、詰込み教育こそ真の教育である!と明言していました。そりゃそうです。「教える」以外に学校ごときに何ができるのでしょうか。 これからの学力といっても、そんなに大げさに変わるものでもありません。使える知識を習って使いこなせるようになるまで練習する。ただそれだけ、もっといえば、未来永劫「今まで通り」です。

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まあ、これを生徒本人が言っているとして、自分なりにまがりなりにも 自己分析をしたのだから、その点は肯定的に受け止めてよいでしょうね。 これを保護者の方が言っているとして、いや、生徒本人が言っていても同じですが、 「それはなぜだと思いますか?」と問うたら、どのように返すのでしょうか。 「読書量が足りないから」とか「解き方のコツを習ってないから」とかでしょうかね。 もし、読書量が足りないとおっしゃるのが保護者の方であれば… 私から差し出がましくも助言するとすれば、「保護者の方はおうちで本を読んでいますか?」 「我が子に『オススメの本は?』と聞かれて即答できますか?」とまあ、このあたりでしょうかね。 「解き方のコツを習っていない」について、 まず、そもそも「そんなもの」が存在するのかどうか疑わしいのですよねー。 生徒たちは、いや、ときに保護者の方でさえ、 教師を魔法使いかなにかと勘違いでもしてらっしゃるのでしょうか。 いいですねー、ホーリーアップ!! と唱えたら答案用紙がびっしり埋まる魔法。欲しい。 即効で長文がみるみる解けるようになる魔法の講座を受けたいなら、 そんなのうちはやっていませんから、そんな怪しい特効薬を売りつけている、 よその詐欺師にどうぞ騙されていてください。 少しだけ話がそれるのですが、そもそも、この「習っていません」とは何事でしょうか。 このセリフは「習った事はすべて正しく覚えている」人が言うのなら意味はあるでしょうが、 そんな人間はいませんので、つまり、このセリフはロボットが言いでもしないかぎり、不成立。 この世界に存在しない言葉なのですよ。 ちょうど、「消しゴムどっかいった」とよく似ている気がします。 主語を自分にしない、責任転嫁、要するに、「他人のせい」です。 自分が消しゴムをどっかにやったのです。あまりにも当たり前ですね。 「習ってない」ではなく、「自分が教科書を読んでいない」のです。至極当然です。 さて、閑話休題。「長文が苦手」「文章題が解けない」の正体… いたって単純極まりない答なのですが…  知りたい方は直接私に会いに来てください。 とまあ、話そらしておいて、肝心の本題は多くを語らないというスタイルです。 とはいえ、逸れた話の方、非常に重要なことを実は言っていますよ。 『「習ってない」ではなく、「自分が教科書を読んでいない」』 これはよく噛みしめてほしいと思っています。 というのもそうすれば、おのずと表題の答は明らかになってくるからです。 よければ、答え合わせしにきてくださいね☆ 待っていますよ(*^^*)

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【ステップ1】子どもの話を聞く ついついやってしまいがちなのが「子ともの気持ちを考慮することなく自分自身の意見を通す」ということです。実は子どもを大切にするということで最初にすべきことが「相手の話を聞く」ということ。子どもの話を否定することなく、子どもの話を聞いてあげることですそうすると子ども自身は「自分自身が受け入れてもらった」と思って心を開いてくれるのです。自分自身の一方的な価値観の押し付けや自分の意見を通すことをしても、子どもは決して心を開くことはありません。まずは相手の話を聞くことです。否定することなく聞いてあげることなのです。大切なことは「この人はわかってくれる」という人に思ってもらうことです。子どもに教えるのはそれが終わったずっとあとの話なのです。 【ステップ2】「できるところ」からスタートとする 子どもが心を開いたら、次にできるところからやることです。指導していて一番問題なのはこんなことです。「勉強嫌い」な子どもに対して「この子は英語ができないんです」と言ってさらに嫌いな「英語をお願いします」とスタートすることです。そうすると「嫌い」がダブルですから前に進むことはできません。勉強嫌いだとしても好きな科目はあるはずです。あるいは、まだマシな科目でもいいです。そういったできるところからやるのです。しかも、その中でもさらにできるところから。そして、子どもが「自分でもできる」ことをイメージできるとスタートし始めるのです。勉強をスタートさせるのは自転車をこぐのに似ています。最初が一番力が必要になります。力を行けてこぐ。そうすると自転車は動き始めます。そうするとドンドン勢いがついてきます。 【ステップ3】点数のアップの道順を作る 子ども自身が「自分でもできる」と思えばやることができます。親や先生が「あなたはできる」というよりも自分自身で「やれるところができて、それを積み重ねるようにすれば希望の得点が取れる」ようになればやる気にはなります。まずは物語にあったように「どこができるか?どこか解けそうなのか?」ということを確認するとことです。そして、希望の点数が取れるまでの、「点数アップのロードマップ」を作って共有することです。すると「それだったらできる」という風にまずはスタートすることです。 【ステップ4】小さな実績を積み上げていく 「あなたはできるよ」と100回言うよりも「1回できた」方が確実に子どもは伸びます。まずは「自分自身でできた」という体験を積ませていくことです。できることからスタートしてできるところ1つ1つやっていくとどうなるのか? 「学校の授業で先生の言っていることがわかる」 「小テストで100点を取れた」 「他の子より速く問題が解けた」 となります。そのような実績を積み上げていくと子ども自身はどんどんどんどんできるようになります。 【ステップ5】1つ1つレベルを上げてトンネルを抜ける できるようになれば、次はそのレベルをまるで赤ちゃんが一歩一歩歩けるようになるようにレベルを上げていきます。焦ることなくできることを増やしていくわけです。それを地道にやっていきます。大切なのは確実に結果が出るまでが勝負です。「テストで点数が取れた」「通知表が上がった」と大きな結果が出ると子どもはやる気になります。問題はその結果出るまでどうやって子どもを導くかです。右の図のようにそれは川底に石を積むようなものです。最初は石を積んでも水面には変化がありません。つまり結果は出ないのです。ですが、それを続けていくといきなり、結果が出るようになります。 それまで勇気付けて励まして、いく必要があるのです。以前こんな子がいました点数が6点台だった子が67点になった子です。その子が言ったセリフです。「成績が上がるまではまるでトンネルの中にいるようだった」と。それぐらい子どもは成績が上がるまでが暗澹としています。それを導いてあげるのです。トンネルの中に子どもを「あと10 m。あと5 m。もう少し。あと3 m。もう少しだ。がんばれ」 という風に子どもを励まし導いてあげるのが塾の先生の仕事なのです。

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本日は、学習の量と時間についてお話したいと思います。 とくに、中1中2のみなさんにとっては、学年末テスト前ですね。 そして、中2のみなさんにとっては、もうすでに「私立入試まであと」 1年を切りましたね。 この原稿を書いている時点であと358日です。 さて、本題に入ります。 子どもたちがよく言われる、テストがあるとわかっているんだから、 早め早めに準備していくように、という話。 これを実際にある程度具体的に、どんな量をどれだけの時間をかけてやれるのか考えてみます。 例えば、今がテスト一か月前=約4週間前だと仮定します。 平日に一日一科目ずつ主要5教科を学習するとします。 これらをそれぞれ一日1時間ずつ学習するとします。 そうすると、4週間で学習できる時間の総量は各科目につき当たり前ですが、 それぞれ、4時間にしかなりません。 さらに、これらに加えて、実技科目のペーパーテストが実施される場合もあります。 また、追い打ちをかけるように現代の子どもたちの学力の貧困は危機的状況です。 十二支が言えないのはもはや当然のこと、都道府県は近畿地方だけでも言えたら立派なほう、総理大臣の名前も書けませんし、というか日本に大統領がいると思っていますし、太陽系の惑星を太陽に近い順に挙げていくこともままなりません。中には天動説を信じている子さえいるのです。この壊滅的な知識量で時間さえ経てば自動的に(強制的に)学年を上げられてしまうという悪魔の恐怖システムに組み込まれてその地獄の中で、子どもたちはすくすくと反抗期を迎えます。 なにより恐ろしいのが、子どもたちが、そういう自分たちを微塵も恥じていないことです。 しかし、「それがなぜか」を考えることよりも、「では、どうすればいいのか」を考えることの方が建設的です。 そして、そのシンプルな結論が、学習総量を増やすことにあるのです。 もちろん、効率の最大化を図ることも重要ですし、質を高めるための方法は講師がプロとしてサポート、アドバイスいたします。ただし、上記に示しました通り、テスト一か月前からの学習で各科目たった4時間ずつの学習では、圧倒的に量が少なすぎて、学力向上は皆目見込めません。 何年も○○を勉強したのに、一向に○○ができるようにならないなどと(まるで教え方のせいにしたいみたいですね、自分を棚にあげて)、摩訶不思議な議論も巷で散見されますが、本当に「何年も」していますか? たかだか週に5時間程度じゃないんですかね? 一か月で20時間 一年で240時間、6年で1440時間つまり60日間ですね。中高で6年も勉強したつもりになっているのは「気のせい」です。それ、実質たったの2か月間です。事実として受け止めましょう。 しかし、世の中には、たかだか週に数時間ですべての科目の点数が劇的に上がるような魔法をお持ちのなんともスピリチュアルな塾もあるらしいですね。もちろんそんな魔法はアニメの中にしかありませんよ。みんな魔法が好きですからねえ。かくいう私も子どものころ、「魔法陣グルグル」や「赤ずきん ちゃちゃ」に夢中になっていましたから。 しかしそんな私ももう大人。アニメだけでなく現実も見なくては…  愛と勇気と希望だけではホーリーアップできないのです。それらに加えて、経験と知恵が必要です。 まともな授業は(大半は授業もどきなので)たかだが週に数時間、 絶望的な知識量、期末テストは9科目、苦手科目はすべて。 さてどうしますか。

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泣いても笑っても、決戦は3/11(月)! とはいえ、そんなに意気込みすぎないでね。 「いつも通り」に過ごしましょう。 試験直前だから、前日だから、当日の朝ごはんは… とあれこれ「特別」なことをするのは断固反対です。 悪影響しか及ぼしません。 「いつも通り」に過ごし、「いつも通り」に試験を受けてきてください。 練習は本番のように、本番は練習のように。 そのために、パーフェクト講座では当日の入試と全く同じ時間割で過去問や予想問題の演習を実施しましたね。 しつこいようですが、特別なことはなにもしないでください。 「いつも通り」に勝るものなど、この地球上のどこにも皆目存在しませんから。 さて、タイトルについて触れますね。 いかんせん、摩訶不思議なことに民間教育機関には魔法使いが多いので、 ちまたでは、逆転逆転とか騒がれてますねえ。あほらし。 あのですね。 世界中のどこにも試験に逆転して合格するなんてことは起こりえないのです。 合格最低点を下回っているのに、校長に1億握らせたから合格しました、は逆転合格かもしれませんが… それは少なくとも民間教育機関がやることではありませんね。 入塾するまで成績が良くなくて、入塾してから、学習意欲に花が咲き、成績が上昇し、 志望校のランクがあがり、中3の3学期時点の実力に見合った志望校の選抜を受け、 そして、そのふるいにかけられてなお両の足でその場に立っていた者… それはどこまでいっても、その生徒本人が、「正しい努力」を「順当に」積み重ねていった成果なのです。 「逆転」なんかしてません。「順当」です。 仮に偏差値が低い生徒がそれ高い生徒を追い抜いて合格したように見えても, 実は偏差値が高かった生徒の本当の実力がそもそも低くて, 偏差値が低く見えていた生徒は本質的にしっかりとした学力を持っていたものの, 模試でそれが測られていなかったというのが真実です。 反論できますか? 魔法使いの諸君。 そもそも模試の判定なんて、めざましテレビの星座占いぐらいに聞いとけばいいですよ? ようするに当日の試験で合格最低点を上回られるか、その一点ですから。 幅広い教養があって,丁寧な考察をしていた生徒でも, 入試問題の演習をしないうちは,うまく点数が取れませんが, 少し練習をしてその発現の仕方を学べば入試に十分対応できるようになる。 一方,典型的な問題の解き方を教え込んでもらって, とりあえず意味もわからずに答を出せる状況を繰り返してきた生徒は, 入試で見たことのない応用問題の前で立ち尽くすことになる。 そういったことは普通に起こりうることで,それを魔法使い諸君は まるで我が手柄かのように喚いているのだ。 万が一にも、 本当にあとから入ってきた人が今までコツコツやってきた人をグングン追い抜いて合格する塾があったとして, そんな塾ってどうですか? 私なら,今までコツコツやってきた生徒たちが追い抜かれないように,そちらの方に力を入れますね。 と、まあ。 ユニバ進学教室石切校の新高1のみなさん! 「いつも通りに」受験し、「順当に」合格してきてください。 あなたたちが正しい努力を積み重ねてきたのを先生はずっと見守ってきましたよ。 安心して、いってらっしゃい。

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令和3年度の小6の5月に実施された、「全国学力・学習状況調査」です。 もう一度言います。 「小6」です。見間違いではありませんからね? の大問2⃣の直角三角形の面積を求める問題です。 これ、正答率どれくらいだと思いますか? 結果はこうでした。 全国(公立):55.1% 大阪(公立):52.4% これを読んでいる大人の多くは、え? ウソ!? なにかの間違いでしょ? とでも思っていらっしゃると思いますが… いいえ、正確なデータです。事実に相違ございません。 これが今の公教育の実態なのです。 塾で教えていても、私が教える前から 三角形の面積の求め方を「理解」している子には ほとんど出会ったことがありません。(なんやったら中学生も含めて) そらそうです。塾に通うまで聞いたことがないからです。 これが「現実」です。 この国の公教育の劣化の勢いは激しさを増すばかりで とどまることを知りませんし、回復の兆しも見えません。 われわれ、塾の講師が、微力ながら、ほんの少しでも、 子供たちの将来を憂い、学力を補完していくしかないのです。 …のぞむところだ。

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新学年になる前に!1年間の勉強を終えて、君は、確実に進化できました。 1年前、教科書を開いた時に、「こんな難しいことできるかな」「勉強について行けなかったらどうしよう」 去年、不安を口にしていたことを思い出します。   初めて、5時間の暗記マラソンに参加した日 部活が終わって、汗も拭かずにあわてて、夏期講習に参加した時 夏休みの学力テストで、偏差値が上がって、「やった!」と思った時   この一年間で、「やればできる」を感じられました。「やったらできた」が正しいのかもしれません。   春休みは、勉強が得意な君は、1番を目指すスタートラインです。 まだ、勉強が苦手だとか、嫌だなと思っている君は、大きく変われるチャンスです。 定期テストの得点を数学の点数を20点上げたい。苦手意識のある国語で80点以上とりたい。 5教科で400点とりたい。目標を持ってチャレンジすれば、春休みからスタートすれば、必ず達成できます。 春期講習の授業は、次学年の先取り学習を行います。 そして、ゴールデンウィーク明けにある最初の定期テストで結果を出すことが春期講習最大の目標です。 最初のテストでつまずくと、取り返すのに早くて3ヶ月、遅いと一年かかってしまいます。 逆に言いますと、1学期の中間テストで良い成績が取れると自信がつきます。自信がつくと勉強が楽しくなります。 楽しくなると益々できるようになります。 この好循環を生むために、学校授業の後を追って復習々々の勉強法から先取りして 予習々々の学習法にチェンジしましょう。変化した自分を実感できます。 小学1~3年生は、「勉強をやる正しい姿勢」「勉強の習慣」をこの春からじっくりと付けていきます。 字を丁寧に書くことや、できるまで考えるという訓練をスタートします。 小学4~6年生は、「勉強の習慣」を付けることと、深い集中力、長い集中力を付ける訓練をします。 自分一人で勉強していても集中できない人も心配いりません。一緒に鍛えましょう。 中学生は、ユニバの春期講習で4月に学校でやる内容を、制覇させてしまいます。 勿論理解して貰った上で進んで行きます。 春休みの段階でゴールデンウィークまでの内容を攻略してしまえば残りの時間を理科・社会の勉強や苦手分野の克服、或いは高度な学習に、タップリと時間を費やすことができます。 学校が始まって、何かと忙しい時期にさしかかった場合でも、不安に陥ることなく、余裕を持っていろいろな事態に有利に対処できるのです。 高1生は、「高校英語」「高校数学」の不安、高校の勉強は難しいという不安を取り除くだけではなく、高校のクラスで一番になることを目指して、スタートします。高校受験で鍛えた勉強の姿勢を継続し、次のゴール(大学)を目指します。 高2、高3生は、進路を意識した勉強を今まで以上に強化し、学校の復習に留まらず、今春のセンター試験問題等、大学入試問題を解き自分の現状から理想に一歩、二歩、いや春休みに三歩近づくように致します。

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